2016年6月15日 1-9

北米での大成功の裏にあったインディーカーシリーズの成功

ホンダのF1戦略はもろくも崩れ落ち、経営に影を落とすだけのものとなります。
しかし、ホンダにはもっと重要な北米市場がありました。
そこで、エンジンサプライヤーとして、市場に対して刺激を与えるために、インディーカーシリーズに参戦して行くのです。
これが、現在の北米市場拡大の基礎になって行くのは、F1との違いともいえるでしょう。

アメリカで最大のインディーカーシリーズ

アメリカには、さまざまなモータースポーツが存在します。
その中で、トラックレースとしては最高峰に位置するのが、インディ500を擁するインディーカーシリーズだったのです。
オーバルサーキットを中心とするインディーカーシリーズの場合、優れたダウンフォースを持つシャシーだけではなく、パワフルなエンジンが求められます。
それも高い耐久性を持たなければ戦えないレースでもあったのです。

そのインディーカーシリーズが、インディ500を主軸としたいIMSと既存のCARTに分裂します。
ホンダは、CARTに対してエンジン供給を始めることになるのです。
ここで、アメリカには2つのトップフォーミュラが誕生します。

ホンダとトヨタのエンジンの活躍

エンジンとしては、ガソリンではなくメタノールを使っているところが特徴で、ガソリンほどのパワーがないものの、2.65リッターシングルターボは、高い能力を発揮しました。
ウィングカー構造を持つことにより、爆発的なパワーも路面に吸い付かせることができるため、スリリングでパワフルなレースを見ることができたのです。

長い歴史を持っていたCARTでしたが、最高峰ともいえるインディ500を開催できないことは痛手であり、さまざまな手を打って行きます。
しかし、その対策がことごとく裏目に出ていくのです。
特にエンジンサプライヤーに対する通知もなく2.65リッターシングルターボから3.5リッターNAエンジンに変更すると発表するというのは、ホンダにも大きな影響を与えます。
圧倒的な強さを見せていたホンダとトヨタに対する規制ともいわれ、結果として両者が離脱し、シリーズ自体も運営できなくなって行くのです。
そして、2004年に破産し、あとをついたOWRSも2008年にシリーズをIMSから名称が変わったIRLと統合することになります。

北米での成功へ

2003年、IRLに移ったホンダは、圧倒的な強さを見せることになります。
2002年までは、日産の北米企業であったインフィニティとシボレーが供給していましたが、インフィニティは撤退し、ホンダとトヨタ、シボレーの3社の争いになるのです。
圧倒的に強かったホンダは、やがて2社を追い落とし、2006年から2011年までは、ホンダのワンメイクレースを実現します。
2012年からは、再びシボレーが戻りますが、これにより北米に浸透したことは間違いありません。

F1とは違い、インディ500を中心にしているレースは、アメリカでは非常に認知度が高く、各メーカーのイメージ戦略に大きな影響を与えます。
ホンダの北米戦略にも大きく寄与し、F1とは違う成功を収めていったといえるでしょう。