2016年5月19日 1-2

ホンダの技術力が花開かせた!あっという間に作り上げたRA271

F1参戦を目指していたホンダは、エンジンサプライヤーとしてロータスへ供給を目指すものの、いきなりキャンセルされ挫折しかけてしまいます。
しかし、当初からオールホンダを考えていたこともあり、急ピッチでシャシーを作り上げテストを進めていきます。
それも、わずか半年で完成させてしまうのです。

F1に殴りこんだRA271

ホンダには、エンジン評価用シャシーのRA270がありました。
これを自前のサーキットとして完成させた鈴鹿でテストを繰り返していくのです。
こうした環境があったことが大きかったこともありますが、わずか半年後の6月中旬にはRA271を完成させ、荒川テストコースでチェックできるまで作り上げてしまいます。
そして、7月にはシェイクダウンを迎えるのですから、現代では考えられないようなスピードでした。

この背景には、ロータスに供給しようとも、ホンダは独自参戦路線が規定だったことがわかります。
RA271自体も、RA270とは別に開発していたからこそ、この速度で完成したといっていいでしょう。
日本初のF1マシーンは、それでもこんな急増品だったのです。

素晴らしい技術を見せたRA271

RA271は、V12エンジンを横置きするという珍しいレイアウトをとったことで、リアサスペンションの置き場を失うという事態に見舞われます。
そこで、エンジンも構造部材として使うストレスマウントと呼ばれる方式を採用するのです。
モノコックボディといい、珍しい技術をどんどん積み込んだマシーンでした。

ですが、V12エンジンは高回転・高出力という当時のバイクのエンジンをモチーフにしていたのです。
V8全盛の時代にやたらと細かいメカニズムが必要となるV12を持ち込んだのも、バイクの排気量である125ccを12倍したことから選択されていました。
つまり、ホンダからすると、非常にもの難しい選択をしたわけではなく、妥当な選択の線上にあったということがわかるのです。

バイクの延長であった問題

RA271は、とんでもなくパワーのあるマシーンだったことは事実でした。
しかし、時代はまだ戦後の復興のさなかであり、軽量化ができるほどの鋼材も使うことができずに、パワーを生かすことができなかったのです。
アルミ合金もまだまだ手に張らない時代で、思った以上に遅いマシーンでもあったといえるでしょう。

メカニズムとしても、バイクの延長で作られたマシーンだったことで、整備性の悪さも問題でした。
ギアボックスはエンジンと一体化しており、ギアレシオを変更するためにはエンジンを下さなければならず、サスペンションまでばらさなければいけなかったのです。
当然アライメントを取りなおさなければいけなかったのですから、メカニックからも評判の悪い車だったといえるでしょう。